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金沢地方裁判所 昭和25年(行)6号 判決

原告 田中喜太郎

被告 石川県農業委員会・直村農地委員会

一、主  文

被告石川県農業委員会(当時石川県農地委員会、以下同じ)が、昭和二十五年三月二十九日附を以て原告所有の別紙目録記載の宅地に係る被告直村農地委員会の買収計画についてした原告の訴願を却下した裁決は之を取消す。

被告直村農地委員会が昭和二十五年二月二十六日附を以て前項記載の宅地について為した買収計画はこれを取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、その請求原因として被告直村農地委員会は訴外山田重一の申請により原告所有にかゝる別紙目録記載の宅地について昭和二十五年二月二十六日自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)第十五条に基き買収計画を樹てたので、原告はこれに対して被告村農地委員会に異議を申立てたところ却下された。そこで更に被告石川県農業委員会に訴願したがこれまた同年三月二十九日附の裁決で棄却せられ、原告はそのことを同年四月七日知つた。それで右裁決及び買収計画の取消を求めるため本訴に及んだのであるが、その理由は左の通りである。

(一)  本件宅地は農地の附属物として農業用に供せられていない。

(イ)  原告は本件宅地を訴外山田重一の先代亡山田重吉に、昭和十二年期間の定めなく、賃料は一ケ年十円として翌年一月末日に支払うこと、右重吉右地上に舟小屋を建築するその敷地として右土地を使用することとの約定を以て賃貸した。右重吉は自己の漁業用伝馬船を入れる舟小屋を建設する考で、海岸に所在する本件宅地の賃借方を原告に申込んで来たので、原告も亦舟小屋を建築することを条件として賃貸したのである。右重吉は漁夫として生計を立てゝいたが、爾来本件宅地上に舟小屋を建築して伝馬船を保管していた。右重吉は昭和十三年死亡し、訴外山田重一が家督相続して本件宅地の賃借権も継承したが、同人も引続き前記舟小屋に常時伝馬船を保管して今日に至つている。之を要するに、訴外山田重一は先代以来本件宅地を専ら漁船保管の舟小屋敷地として漁業用に使用して居るのであつて、従つて右土地は農地の附属物と看做すことは出来ないのである。

(ロ)  本件宅地上の小屋の構造より見ても、それが農業用施設でなく漁業用施設であることは明白である。

即ち、(1) 右小屋の出入口は海に向つて設けられている。

(2) 他人の出入を防止すべき何等の施設もない。

(3) 敷地は賃貸当時同様砂地である。従つて訴外重一が自作法により自作農になつたとしても、同人の賃借権を有する本件宅地は、その農業経営と無関係な漁業の用に供せられているので、自作法第十五条を適用して本件宅地を買収するのは違法である。

(二)  本件宅地の賃借人たる訴外山田重一並にその同居の親族及びその配偶者の主たる所得は漁業から得られている。

仮に訴外重一が、本件宅地の一部又は地上所在の前記小屋を一時的に自己経営の農業の用に供することがあつたとしても、同人の農業所得では一家の生活を維持することは出来ず、その生計費の大部分は漁業所得に依存している。

即ち本件宅地の買収計画の樹立は昭和二十五年二月二十六日であるから、訴外重一の所得は昭和二十四年度を標準として定めなければならないのであるが、同年度に於ける同人の農業所得は、田一反一畝一歩よりの一家五人の保有米八ケ月半分を充足するに過ぎぬ収穫と、畑七畝三歩による一家の自家用野菜に過ぎない。

之に対して同年度の同人の漁業所得は、昭和二十四年度一月より六月迄の間同人が飯田町岩井平八郎方に雇われて鰯漁撈に従事した収入が四萬七、八千円あり、同年七月より十二月迄の間は北海道に於てイカ釣に従事し、相当多額の収入を得ているのである。

(三)  本件宅地買収計画樹立当時訴外山田重一は右宅地を不法占有中であつたから自作法第一五条による買収申請の適格を欠き、本件宅地は同条により買収されるべきものではない。

即ち本件宅地の賃料は昭和二十二年度分より一ケ年百円に増額されたのであるが、訴外重一は昭和二十三年度分の賃料の支払を怠つたので、原告は昭和二十四年三月賃貸借契約を解約し、同年秋訴外重一を相手取り金沢地方裁判所輪島支部へ建物収去土地明渡請求の訴訟を提起した処、昭和二十五年三月三十一日、昭和二十五年より二十ケ年間本件土地を訴外重一に賃貸する旨の調停が成立した。

従つて昭和二十五年二月二十六日本件宅地買収計画樹立当時は、訴外重一は何らの権限なくして不法に本件宅地を占拠していた訳になる。

(四)  本件宅地はその環境より見ても、自作法第十五条により買収すべき土地ではない。

蓋し本件宅地は海岸に接近していて砂礫地で、傾斜して居り、大風の時は舟小屋迄波に洗われて了うのである。

(五)  訴外重一は本件宅地の外に農地附属物として買収すべき適当な土地を有している。

即ち訴外重一の所有居住する敷地は数十坪で空地も本件土地以上あり、之は同人が農業を主たる業務とするならば必要欠くべからざる土地で当然自作法第一五条により買収さるべきものである。然るに昭和二十三年飯田町農地委員会は右土地の買収を拒否した。従つて本件宅地は尚更買収すべきでない。

と述べ、被告の本案前の抗弁に対しては、昭和二十五年四月七日より一ケ月の出訴期間満了日たる同年五月七日は日曜日故、その翌日たる五月八日が満了日である。而して原告はその五月八日に訴を提起し、同日訴状は受け付けられているから、本件訴は出訴期間を徒過したものではなく適法である。仮に然らずとするも本件訴訟に於ける原告の攻撃は行政処分の手続上の瑕疵でなく、処分の実質上の違法に向けられているものであるから、かゝる訴については出訴期間の制限はないのであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、本件訴は出訴期間を徒過して提起されたものであるから、不適法として却下せらるべきである。即ち被告石川県農業委員会が、原告の訴願を棄却する旨の裁決をしたのは昭和二十五年三月二十九日で、原告はこのことを同年四月七日に知つている。

自作法第四七条の二第一項、行政事件訴訟特例法第五条第五項、同法附則第三項によれば行政処分取消の訴は、当事者が行政処分のあつたことを知つた日から一ケ月以内に提起しなければならないのであり、原告が本件裁決を知つたのは昭和二十五年四月七日であるから、それより一ケ月を経過した同年五月八日に提起せられた本訴は不適法であると述べ、

本案について原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として別紙目録記載の土地が原告所有であること、右宅地を訴外山田重一先代重吉が原告より賃借したこと、右重吉死亡後訴外重一が家督相続により右賃借権を継承し今日に至つていること、原告がその主張の如く右訴外重一を相手取り建物収去土地明渡請求の訴訟を提起し、原告主張の如き調停が成立したこと、右宅地につき原告主張の如く買収計画、異議の申立、訴願、訴願に対する棄却の裁決があり、原告が右裁決のあつたことを昭和二十五年四月七日知つたことは何れも認めるがその余の原告主張は全部之を争う。即ち

(一)  訴外山田重吉並に訴外山田重一は、本件宅地を農産物乾場並に農作業納屋の敷地として農業用に供していたし現在もそうである。

(イ)  訴外山田重一先代重吉は、昭和十二年中本件宅地二十七坪と之に接続する部分六十六坪を合せた九十三坪を賃料年九円、翌年一月末日迄に支払の約定で原告から賃借した。右重吉は本件宅地を農産物乾場農作業用納屋建築の為原告より賃借し、その上に農作業用納屋を建て、稲扱場及農機具藁等の蔵置場、空地は農産物乾場と処理場として使用し来つた。重吉は当初本件宅地のみの賃借方を申入れたのであるが原告の強要により隣接の畑地と併せて賃借することゝし、本件宅地借受けを欲する余り従来狩野某より賃借せる畑地四畝十歩を返還して、本件宅地と隣接の畑地を併せて賃借したのである(尤も畑地は昭和十八年春理由なくして原告に取上げられた)。昭和十三年重吉死亡により訴外重一が家督相続し、本件宅地の賃借人たる地位を承継したが、亡重吉と同一目的で本件土地を使用し、昭和二十三年伝馬船一双を購入した為冬期間のみ、前記納屋を格納に使用している。然し主たる使用目的と現実の使用は農業用である。

(ロ)  本件宅地上の建物の構造が漁業用に適しているからといつて農業用施設でないと速断する事は出来ない。即ち(1)右小屋の出入口が海に面しているのは、後方の畑地を原告に取上げられた為通路の関係に困るものであり(2)施錠がないのは農作業材料を作業の都度片附け蔵置しないから必要がないのである。(3)敷地は砂地であつても莚を敷けば充分に作業に供し得るのである。

(二)  訴外山田重一並にその同居の親族及びその配偶者の主たる所得は農業から得られている。右重一の居住する飯田町は耕地が少く農家の一戸当り平均耕作段別は二反七畝であるが、右重一は平均を上廻る田二反一畝十歩、畑七畝十二歩合計二反八畝二十二歩を耕作して居り、その内二反二畝十八歩を今次農地改革により解放売渡を受けた。以上の様な次第で同地方の農業は、他地方の専業農家に比し小規模なるを免れず大部分の農家は副業により生活を維持している。訴外重一方に於ても重一が農閑期を利用して漁夫として他に雇われ、農耕には主として母と妹が当つている。尤も農繁期には重一も農耕に従事するのである。然し重一は飯田町農地委員会の農地委員選挙名簿に登載せられている農業上の経営主であり、農家として精進する見込ある者なることは町農地委員会の認める所である。重一方の農業収穫の大部分は自家用であつて飯米も幾分不足するけれども、固定収入として安定度が高い。之に反し漁業収入は、時に相当額の収入ありとするも、浮動性多く安定性を欠く。単に一時的の金銭収入額を以て農業と漁業の何れが生活の主体であるかを断定することは出来ないのである。然も飯田町役場の重一に対する昭和二十四年度町民税賦課の基礎が農業所得一万八千円漁業所得一万二千円(内訳鮮魚振売五千円水夫収入七千円)であることに徴しても生活の根源が農業所得に依存せる度合の強いことを推認せしめるに充分である。(原告主張の如き重一が昭和二十四年一月より六月迄岩井漁業部に雇われ鰯漁に従事した事実はない。)

(三)  本件買収計画樹立当時訴外重一が本件土地を不法占拠せる事実はない。

昭和二十三年度分賃料百円(従来九円であつたのを昭和二十二年度分より原告の要求により一躍百円に増額せしめられた。)を訴外重一は支払期日迄に原告方に持参した処、原告は二千五百円とという法外な金額を要求し支払わねば立退けと迫るので、訴外重一は止むなく五十円を増額して百五十円を何度も原告方に持参したが受取らなかつた。そんなことを繰返している内に段々日時が経過するので、昭和二十三年、昭和二十四年の二ケ年分として三百円を昭和二十四年九月二十日と同月二十六日原告方へ持参したが、原告は依然として二千五百円を要求し、受取らないので、右三百円を同年十二月二十八日原告居住の若山村東部農業協同組合の原告の長男田中孫盛の預金口座に振込み支払つた。然るに原告は間もなく之を突き返して来たので、昭和二十三年度分百五十五円五十二銭、昭和二十四年度分百七十八円二十銭、合計三百三十三円七十二銭を昭和二十五年二月十三日弁済供託した。原告はこの事実を秘匿して賃料不払の言い懸りをつけて民事訴訟を提起し、結局原告主張の如き調停が成立したのである。従つて本件土地買収計画を樹立した昭和二十五年二月二十六日当時、訴外重一は本件宅地を不法占有中であつたとの原告主張は理由がないのである。原告はその他にも、昭和十七年訴外重一が応召出征中その家族が多数の幼児を抱えて困窮し、公費の扶助と隣人の勤労奉仕によつて辛うじて同人の母「のぎ」が農業を営める際、一ケ年九円の賃料に対し、倍額以上の二十一円の支払を要求受領し国家総動員法違反被疑事件として取調を受けた程で、機会ある毎に不当な要求を楯に本件宅地の明渡を迫つて来ているのである。

(四)  本件宅地の所在は海岸に接近しているけれども、その故を以て農地附属物に非ずと断定することは出来ない。訴外山田重一はその住居附近に農作業場所を有せず、先代以来多少の不便を忍んで本件宅地に納屋を建て農作業場とし、前方空地は稲等農産物乾場及処理場として使用し来つているのである。

(五)  訴外重一は本件土地以外に農地附属地として買収すべき適当な土地を有しない。仮に有するとしてもかゝる事実は本件裁決並に買収計画の当否を決すべき理由とはならない、と述べた。(立証省略)

三、理  由

本件宅地が原告の所有で、之を原告が昭和十二年訴外山田重一の先代山田重吉に賃貸し右重吉死亡後訴外重一が家督相続により右賃借権を継承し今日に至つていること、及び被告直村農地委員会は、訴外山田重一の申請により右宅地について昭和二十五年二月二十六日自作法第十五条に基き買収計画を樹てたので、原告は之に対して、異議の申立をしたが却下されたこと、そこで原告は更に被告石川県農業委員会に訴願したが、これまた同年三月二十九日附の裁決で却下せられ原告はそれを同年四月七日に知つたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで先ず被告等の本案前の抗弁について判断するに、行政事件訴訟特例法第五条第四項は、同条第一項及び第三項の期間の点を除き、自作法第四十七条の二の訴についても適用があるので、本件訴の出訴期間は原告が本件裁決を知つた日である昭和二十五年四月七日より一ケ月の経過によつて満了することは言う迄もない。ところで行政事件訴訟特例法第五条第四項は「訴願の裁決のあつたことを知つた日……から、これを起算する」と規定しているので本件出訴期間は、昭和二十五年四月七日から起算して一ケ月目である昭和二十五年五月六日を以て満了する如く解せられるかも知れない。然しながら右第五条第四項の起算法は、同条第一項及び第三項の期間が適用せられざる自作法第四七条の二の出訴期間の起算には適用されず、同項が適用されるのは「処分につき訴願の裁決を経た場合には、訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日から」との部分のみである。出訴期間の起算については、自作法第四十七条の二の「当事者がその処分のあつたことを知つた日から一ケ月内」との規定がそのまゝ適用され民法第一三八条により同法第一四〇条の規定に従つて計算が為されると解すべきである。然らば本件訴の出訴期間の満了日は、原告が裁決を知つた日である昭和二十五年四月七日の翌日から起算して一ケ月目である同年五月七日であり、而して同日が日曜日であることは裁判所に顕著な事実であるから、民法第一四二条により出訴期間はその翌日である五月八日を以て満了する訳である。

果して然らば右五月八日に訴を提起した本件訴は出訴期間内に行われ適法なものであるから、被告等の該抗弁は、理由がないと言わねばならない。

次に本案について判断すると、本件に於ける主要なる争点の一は、原告主張(一)即ち本件宅地が農地の附属物として農業用に供せられているか否かである。

本件宅地を原告から、訴外山田重一先代重吉が賃借して後同人はその地上に小屋を建築し、現在訴外重一は右小屋に伝馬船を格納していることは当事者間に争いがないのであるが、本件宅地の検証の結果、乙第六号証及び証人若木伸二郎、同亀田久太郎、同米田松右衛門、同田中孫盛の各証言を綜合すれば、本件宅地を原告より訴外重一の先代重吉が舟小屋建築の目的で賃借したこと、右宅地は主として前記小屋の敷地として使用せられ、右小屋の使途は亦その現況、構造、位置、環境等よりして主として訴外山田重一所有の漁舟の格納にあること、結局本件宅地は主として右重一の漁業経営に使用せられていることが認められ、右認定に反する証人山田重一、同山田のぎの証言は措信し難い。尤も右小屋に於ては、訴外重一方は脱穀等の農作業を行い、農器具の一部を蔵置し、且その空地は稲乾場として使用していることも亦検証の結果及び証人亀田久太郎、同田中孫盛、同干場一雄、同山田重一の各証言により充分に認められる所であるが、右小屋従つて右宅地の使用が第一次的には、前記認定の如く漁業の為であると共に、現在訴外重一方が右宅地に於て行つている程度の農作業は、右重一が現に住宅を所有し居住する飯田町三十六部四十二番地所在の宅地に於て(乾燥は同人所有田の端に於て)も之を充分に行い得ることが検証の結果及証人垣内孫六、同亀田久太郎、同干場一雄の証言によつて認められる。自作法第十五条第一項第二号の規定によつて買収の対象となる宅地は、農業経営に必要であれば足り、必ずしも買収農地と従属的な関係にあることを要しないけれども、さりとて何らかの意味で農業経営の目的に使用される限りすべて之を買収し得ると為すことも、自作法が借地法によつて相当手厚い保護を受けている借地権に土地所有権者の犠牲に於てそれ以上の保護を与えている法意に鑑み、広汎に失すると考えられるのであつて、この場合「農業経営に必要である」とは少くも買収の対象たる宅地が、第一次的に農業経営に使用され、且その使途に於て右宅地以外に他に之に代る適当なものを求め得ない、即ちその農業経営上不可欠であるとの要件を備えていなければならない。此の点より見る時、本件宅地は前述認定の如く右要件を欠いて居り自作法第十五条によつて買収すべきでないと解さねばならない。

即ち本件宅地の使用は、借地法による保護を以て充分であり前記法条を適用して、その安定を計る迄の必要は認められない。

現に右宅地に関し原告と訴外重一の間に昭和二十五年三月三十一日昭和二十五年より二十年間賃借する旨の調停が成立したことは、当事者間に争いのないところである。

果して然らば本件宅地に関する被告直村農地委員会の買収計画並にそれに基く被告県農業委員会の訴願棄却の裁決は既にこの点に於て違法であり取消を免れないから、爾余の判断を俟つまでもなく原告の請求は理由がある。

そこで訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する次第である。

(裁判官 北野孝一 村上久治 斎藤寿)

(目録省略)

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